17 Rolling Stones 

2016年9月 Part10 藤田善宏
2016年8月 Part9 スズキ拓朗
2016年6月 Part8 青田潤一
2016年5月 Part7 田中たつろう
2016年4月 Part6 オクダサトシ
2016年3月 Part5 ぎたろー
2016年1月 Part4 山本光二郎
2015年12月 Part3 古賀 剛
2015年11月 Part2 鎌倉道彦
2015年10月 Part1 平原慎太郎

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――これから約1年、コンドルズ20周年記念公演までの期間にメンバーの方々のインタビューを実施することになりました。平原さんが第一回、口火を切ることになります。

平原 この取材のためや20周年だからということではなく、最近、自分がコンドルズというダンスカンパニーに参加していることについて、考える機会が増えているんです。僕は職業として「ダンサー」という看板を持っている。でもコンドルズへの参加は、自分のダンス活動の延長ではなく、全然別種のものなんですよね。コンドルズには同じように、プロとして別の職業を持ったメンバーが多いけれど、僕の感覚もそんな先輩方に近いというか、「コンドルズ・メンバーでいるためには自分の創作もしっかりやらないといけない」という考え方をしていて。
 ただ、他の職業よりは近いところにいるのは事実で、そこに矛盾を生じさせないのが(近藤)良平さんの存在。良平さんは、コンドルズのスタイルでも一人のダンサーとしても踊れる人だから、僕もその両方で良平さんに強いシンパシーを感じるし、ダンサーとしてリンクさせてもらえる。それが、僕にとってコンドルズが居心地良い、大きな理由のひとつだと思います。

――平原さんが参戦したのは、当時所属していた新潟りゅーとぴあの舞踊団Noismに、近藤さんが振付家として提供したこと作品への出演がきっかけですよね。

平原 ええ、2005年の『犬的生活』です。同じ頃にNHKでコンドルズの作品が放映されたのを見て「こういうことやってるんだ」とぼんやり思って。そのあと10年に新国立劇場でやった、良平さんの『トリプルビル』に出演させてもらい、その同じ年にコンドルズ入りしました。良平さんは眩しいような存在だったんですよね、僕にとって。
 ナマで初めた観たコンドルズ作品は『狼たちの午後』ですが、良平さんの凄さはもちろんのこと、ビックリしたのは石渕聡さんと小林顕作さんの存在でした。

――具体的にはどんなビックリがあったのでしょう。

平原 ダンス作品に生きたカラスやヤギが出て来る演出を見たことがありますが、石渕さんにはそれに近いものを感じたんですよね。知性の塊のような人なのに、舞台上での振る舞いは狂気と天才紙一重な感じで、存在が破綻している。地球では虹やオーロラなど、不思議な現象が起こるじゃないですか? 同様に石渕さんもひとつの現象、コンドルズ作品における「イシブチ現象」という奇跡と言っていいんじゃないかと思うんです。
 顕作さんに関しては、この夏のツアーに参加されていなかったので、そのぶんコントや人形劇で僕の出番が増えたので、その存在を改めて考える時間があったんですが、僕らはいつも舞台上から客席に向かい、瞬間瞬間に観客との距離を変えながら踊ったり演じたりしている。その行き来の仕方が、一番スムーズなのが顕作さんだと思うんです。そこは、良平さんよりも長けているというか、開けっ放しの自分で向かっていたかと思うと、必要なら一瞬でスパンと客席との交流を切ることもできる。フラットからピークまでの往還が自由自在という、舞台人ならではの居方だと思うんですが、それは自分が作品を創るときもすごく参考になっています。

――そんな特異な能力を持つ人がゾロゾロと居る、コンドルズはやはり凄いカンパニーですね。

平原 能力の高い人間が次に向かうところは、「他者と共同作業をすることで、自分にとっての“面白さ”の完成度をさらに上げる」ことだと僕は思います。コンドルズはまさにそういう場で、たとえばオクダ(サトシ)さんの映像だけでも十分魅力的だけれど、そこに良平さんの音楽、映像を見てインスパイアされできた曲が生演奏で加わることで、映像作品としての質が、創作のフェイズ(階層)が一段上がる。そういうことが、メンバーの間で何十何百と起きる共同作業感を、みんな楽しんでいるんじゃないかと、客観的に見ていて思います。

――要素の多いコンドルズ作品ならではのことですね。では、ダンスの部分はいかがでしょう。技術や身体能力はバラバラで、特別なメソッドなども存在しませんよね?

平原 メソッド……敢えて言うなら「与えられた振り、動きを一生懸命やる」というのがコンドルズのメソッドだと僕は思います(笑)。あるいは「頑張るという気持ち」と言ってもいい。ジャンプの高さ、足を上げる角度、ターンの速度は違っても、それを全力でやっているのはみんな同じなんです。だから袖に入った途端、同じだけへたばっている。それは、各人が持っているものをフルに動かしているからだと思います。ま、回復に関しては(香取)直登がダントツ速いとか、年齢差は出ますけど(笑)。

――そんな個性とバラつきをまとめる近藤さんは、やはり大きな存在ですね。

平原 でも僕にとっての良平さんは、「年の離れた兄ちゃん」みたいな感じなんです。圧倒的なリーダーというより、もう少し同じラインに居る人というか、近いところは近いけれど、遠いところはすごく遠い、みたいな。コンドルズに対する愛情も、必要以上には熱量があるようには、敢えて見せないところがすごく信じられる。ある日、何も言わずふらっと放浪の旅に出てしまう可能性がゼロではなくて、でも必ず帰ってきてくれると思えるような。まぁ、アツさに関してはファイヤー社長(勝山康晴)が居ますから(笑)、バランスもそのほうが良いんでしょうけれど。

――確かにいつもニュートラルなのが近藤流ですね。

平原 でも根本はめっちゃグイグイ系だと思います。それをホワホワでコーティングしてる感じかな。

――平原さんはご自身のカンパニー「OrganWorks」でもガッツリ活動していらっしゃいますが、クリエイションのうえでのコンドルズの存在意義はどういうものなのでしょう?

平原 僕はいつも、コンドルズという「場」に出かけて行く感覚なんです。「Organ~」は、僕自身がその歯車を動かす側であり集団の一部だけれど、コンドルズでの僕は集団の手足ではなく、ただその「場」になんらかの明かりを灯すために必要な存在という感じがする。でも、明かりを灯すためには、自分の日頃の創作で積み上げたり研鑽したりできていないとダメ。だから、自分の創作が今、どういう状態なのか知るためにも、コンドルズという「場」は僕にとって不可欠なんです。

――では最後に、「20周年を向かえるコンドルズに今後どうあって欲しいか、平原さんとしてはコンドルズで何をやりたいか」を伺えますか?

平原 健康に気をつけて、あと20年はコンドルズをやっていきたいですね。特に先輩方へのお願い、ホント皆さん死なないでください(笑)。あとは、僕が13年に帰国してからフルメンバーで公演をやれていないんですよ。だからコンドルズ、フルメンバーでの創作・公演は絶対にやりたい。「みんなでやる」のが、コンドルズにとってのベースでありマスト。それ以上の望みは、僕にはありません。