コンドルズ結成20周年・NHKホールへの道

Thanks! 20th Anniversary of CONDORS

隔月刊コンドルズ

2016年4月 ゲスト:安田美沙子さん
2016年2月 ゲスト:山賀博之さん
2015年12月 ゲスト:篠原ともえさん
2015年10月 ゲスト:長塚圭史さん

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コンドルズ20周年に向けてスタートした、近藤良平がコンドルズ縁の人々と対談する連載企画。
その第1回のゲストは、劇作家・演出家・俳優の長塚圭史さん。コンドルズ作品に出演もしています。しかも、かなりガッツリと。

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近藤 今日はよろしくお願いします。一応、1996年の10月10日がコンドルズの結成記念日ってことになっていて、今日は、来年の満20周年記念日に向けていろんなことをやっていこうっていう企画のひとつとして、圭史に来てもらったわけなんだけど。

長塚 1年かけてやるなんて素晴らしい。96年といえば、阿佐ヶ谷スパイダースの結成も96年ですよ。

近藤 おーっ、そうなんだ!

長塚 最初は単発の企画で始まったんですよ。それが96年の12月にやった3人芝居みたいな作品(『アジャピートオジョパ』@荻窪アールコリン)。

近藤 そうか、同じ年に結成していたとは。コンドルズの公演は、どのあたりから観ているんだっけ?

長塚 (小林)顕作さんが出るっていうのを観に行ったのが最初だから、たぶん顕作さんが出始めた99年、グローブ座フェスティバルの時だと思う。

近藤 ああ、そうかも。俺が顕ちゃん経由で圭史のことを知ったのも、それくらいの時期だから。最初にちゃんと顕ちゃんに紹介してもらったのは、高田馬場の飲み屋かなんかだったよね? 確か、顕ちゃんが稽古をWブッキングして、「俺の練習になんで来れないの?」みたいなことを言ってる奴がいるっていう話は、その前に顕ちゃんから聞いてたんだよね。それで、面倒くさい奴だな。芝居が好きな奴なんだろうなって思ってたんだけど(笑)。圭史が最初にコンドルズに出たのは、2002年の『THE GREAT ESCAPE』?

長塚 いや、もっと前。最初はグローブ座に出てるから。

近藤 何やったんだろ?

長塚 でっかいロボットが出たやつ。なんか大仰なタイトルの。

近藤 うちはいつも大仰だからなあ(笑)。

長塚 確かに(笑)。あ、あれだ!『A列車で行こう』(2001年)だ! 緑色の『A列車~』のTシャツ着てたから、間違いない。

近藤 そうだ、グローブ座で初めて単独公演をやったときの作品だ! じゃあ、かなり初期にサクッと出たんだね。当時はまだ全般的にヒマだったってことか(笑)。

長塚 そうかも(笑)。確か、阿佐ヶ谷スパイダースの『ライヒ』っていう舞台の宣伝を、コンドルズの公演のCM映像で流してくれるっていう話になって、俺が学ラン着て学帽かぶって良平さんの真似して動いて、「でも実は、長塚圭史です」みたいな映像を撮りに行って、みんなでゲラゲラ笑って。その流れで「コンドルズに出たいなぁ」みたいなことを言ってたら、本当に出ることになったっていう。

近藤 そうそう。あったね、そんなこと。

長塚 その頃は俺、コンドルズっていう団体はちゃんとした人達の集まりだと思っていたから、ものすごくちゃんと稽古場に行ったんですよ。でも、誰も来ない。昼の1時から稽古だって聞いてたのに、3時になっても2~3人しかいないし、来てもみんな、前室みたいなところでドリアン食べたり、楽器を弾いたりしてて。この人たち、何なんだろう? 僕の時間返して! って思いましたね。でも俺には、芝居の稽古はとにかく時間が要るっていう頭があるから、とにかく稽古場に居た。そしたら初参加なのに出番がいっぱいあって、驚いた(笑)。

近藤 その頃は、その日そこに居た人でシーンを作っていたから、ずっと稽古に来てると必然的に出番が増えてたんだよね(笑)。仕事をしていて週末にしか来られない人達も結構いたし。

長塚 そうそう。難しい踊りはさて置き、俺は真面目に稽古場にいて、とにかく作るところから一緒にいるから、「こんなにいっぱい出ていいの?」って思ってましたよ。

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近藤 当時は、その場にいる3人で僕が何かやりたいとなったら、3人のシーンを生み出すっていう感じだったからね。だから、ネタ的にこの人じゃなきゃ成り立たないっていう奴はさて置き、別に誰でもよかったっていうね(笑)。

長塚 でも、なんだこの時間は? と思いながらも、面白かった。稽古して飲んで帰るのも楽しかったし、何より僕はダンスの作り方というものを知らなかったから、自分がやれと言われてやってること自体も、どんな音楽で、どういうシーンで、何になるのかが全然わかってなくて。

近藤 こっちもいちいち説明しなかったからね。

長塚 良平さんとか勝さん(勝山康晴)とかが、紙に書いた構成表みたいなものを見て、あれこれ話してるのを遠巻きに見ながら、なんかフェアな感じで自由なんだけど、こういう“閣僚”みたいな人達が忌憚なく意見を言い合って、それで最終的には決まるんだなって思ってましたね。勝さんが「ここ、これじゃ足りないよ」とか「これじゃ、まとまんないよ」って怒ったり、あと、自分と関りのないところだと閣僚会議から抜けてきちゃう人がいたり。顕作さんも言いたいことだけ言って、面倒くさい話になるとふわ~っといなくなるみたいな。

近藤 それ、今もあんまり変わってないかもしれない(笑)。

長塚 その集団の在り方が面白くて。どうやってバランスを保っているのか全然わからない。あきらかに変な人なのに、めちゃめちゃ認められている石渕(聡)さんとか、本当に不思議で。

近藤 石渕さんは当時も今もずっとそうなんだよね。実はコンドルズにはヒエラルキーがあって、石渕さんは僕の先輩だから「石渕さん」。で、オクダサトシも「オクダさん」。青田潤一は僕と同学年だから「青田」で、勝山は「カツ」。あと、初期の頃は鎌倉道彦が一番若かったんだよね。まあ、鎌倉くんは随分変貌してるけど(笑)、そういうヒエラルキーがいまだにそのまま継承されちゃってる感じ。この間やった作品も、思わず拍手したくなるくらいカッコイイ若手のシーンのあとに、石渕さんが一人で出てくると、それだけで急に「待ってました!」みたいな感じになるんだよ。

長塚 僕が出た頃は、藤田(義宏)さんと古賀(剛)さんが結構前面に出てた印象があるかな。難しいところがあると、僕は最初、石渕さんとか(高橋)裕行さんに訊きに行っていたんだけど、すぐにこの人たちに訊いてもダメだってことがわかった。「それでいいんだよ」「あ、いいじゃん、今ので。できてるよ」って、全部認めてくれるんだもん。絶対できてないのに(笑)。

近藤 当時は、一番きっちり踊るのは藤田で、絶対に自分流にアレンジしちゃうのが、裕行と石渕さん。まったく違う振りをするわけじゃないんだけど、なんか踊り方が違う。早いうちから、それは諦めてたね。あと特徴のある人でいうと、大塚(啓一)ちゃんて人、覚えてる?

長塚 坊主頭の人!

近藤 そうそう。昔は坊主が二人いて、(山本)光二郎はアメリカンな坊主だから全般的に溌剌としてるんだけど、大塚ちゃんは本当にお坊さんのようで、ずーっと静かに稽古場に居られて、そのまま静かに帰っちゃうみたいな人で(笑)。あと、今もそうだけど、橋爪(利博)は身体の動きを覚えるが遅くて、意外と一生懸命やらないとできないタイプ。覚えたとしても本番に間違えたりするし。でも、身体は柔らかいんだよね。短足だから、足が上がってもあんまりわかんないけど(笑)。

長塚 良平さんは当時、そういうコンドルズの中に、僕みたいに脚本書いたり、演出したり、普段どっちかといったら机で仕事をしていることのほうが多い人がいるのが面白いって言ってたと思う。

ryohei近藤 ああ、そうだね。その頃のほうが今よりもう少し、圭史をはじめとして、演劇の人たちをコンドルズの巻き添えにすることを考えていたかもしれない。ダンスと演劇の世界を、もうちょっと近づけていこうかなっていうふうに。でも圭史に出てもらった実際の理由は、そういうことよりも、最初に会った時から話が面白かったから。圭史は、実際にあったことや自分が観た映画のことを、ものすごくリアルに面白く話すんだよね。映画の自慢話をする人はたくさんいるんだけど、話を聞いても、だいたいオクダさんみたいに全然面白くないから(笑)、稀有な人だなと思って。あとはやっぱり、身体的にひょろひょろしているタイプは、単純に見ていて面白い。『A列車』の時には、もう一人、たこい(まこと)っていう、ひょろひょろした奴がいたよね。

長塚 いたいた、奴隷仲間で。いや、奴隷じゃなくて“最下層の人”って呼ばれてたな。俺、阿佐ヶ谷スパイダースでは一応、作・演出家なんだけど、コンドルズに来るとすぐに上を脱がされて“最下層の人”って呼ばれてましたからね(笑)。まあ、考えてみれば、俺がほぼ最若手だったから仕方ないんだけど。

近藤 いや、それはさ、コントの役柄が“最下層の人”だったからだよ。まあ、ひょろひょろした感じがそういうイメージだったし、圭史はキラキラした目でダンスに対して素直な興味を示していたから、こっちとしては、しめしめっていう感じでやってもらってたんだけど(笑)。圭史は「芝居もいいんだけど、ダンスって面白いね」って、その時から言ってたよね。

長塚 言ってましたね。で、結局その興味がずーっと続いたまんま、今もダンスと何か出来ないものかと探り続けている。でもほんと、面白かったんですよ。俺が出た頃は、メンバーもまだ体にそんなにコンドルズの動きが染み付いていなかったから、みんな「あれ? それ、どうやってやるの?」みたいな感じだったし。

近藤 確かに、実験しながらって感じだったよね。

長塚 あとはやっぱり、良平さんのカッコイイ踊りを間近で見られるのも、すごく楽しかった。舞台袖で見ると、またちょっと違うから。ほかのみんなも、良平さんのソロになると、わざわざ袖まで行って見てたし。

近藤 あ、それは今もそうかも。みんな袖に見に来るよ。

長塚 「アートコンプレックスでやるから来い」って言われて京都に行った時も驚いたなあ。「何やるの?」 っていう状況でとりあえず行ったら、「あれとあれとあれをやる。前にやったやつだから、踊れるだろう?」って言われて、「えーっ、マジですか。ちょっと待ってください」みたいな。

近藤 すごいね、そのベテランダンサーみたいな扱い方(笑)。京都のアートコンプレックスは、言ってみれば、好きなことがやりたい放題できる民間のホールで、いつも年末に“踊り納め”みたいな感じで行ってることもあって、なんかこっちもウキウキしちゃうんだよね。特に当時は、コンドルズにとって一番最初の修学旅行というか、東京でやるのとはまた違う、みんなが泊りがけでやる公演だったし。

長塚 みんなで雑魚寝もしたなあ。イビキがうるさいから絶対にあの人の隣には寝たくないとか、そういうことでもめたりして。良平さんだけ、さっさと一番いい場所を取ってたけどね。あと風呂に入ってると、どんな体してるんだ? って、みんな入ってきたりね。

近藤 そうそう。大事だからね、そういうことは(笑)。

長塚 楽しかったな。初めての経験だったし、良平さんと話す機会も多くて。ただ、俺にはスパイダースがあったし、パルコの仕事とかも始めたから、いくらなんでもこれ以上関わってたらバランスが計れない。コンドルズもアメリカのツアーとか始めて、コンドルズのメンバーもそれぞれ芯が強くなっていくし、これ以上参加してたら、自分の本来いるところもなんだかわかんなくなっちゃうなと思って、その後もちょっと誘ってもらったこともあったんだけど、なんとなくフェードアウトしました。

近藤 まあ、やってたら相当大変だったよね。きっと、ほかのことにもかなり影響しちゃってたと思う。

長塚 そう。全然違う感じになってたと思う。少なくとも、この間やった『かがみのかなたはたなかのなかに』(2015年6月/新国立劇場)みたいなことはやってないかも。あれも、神楽坂セッションハウスで良平さんがやってるリンゴ企画に出て、コンドルズからは撤退したけど、こうやって近藤良平の世界に僕が入って行く方法もあるんだな。じゃあ、その逆はどういうふうにできるんだろう? それも、ちゃんと交り合う形でやるにはどういうものがあるだろう?…ってことを考えるようになった中で出てきたものだから。

近藤 そのリンゴ企画のチラシには、確か、朝日舞台芸術賞の受賞式の時に会場で一緒に撮った写真を使ったんだよね。同じ96年にグループを結成してたり、同じ時期に賞をもらったり、やっぱり同時代的に動いてるんだなあ。圭史も阿佐ヶ谷スパイダースを今も続けているもんね。

長塚 嫌になったりしながらね(笑)。中山(祐一朗)さんになんて、もう二度と一緒に芝居作んない!って殺意さえ抱いたのに、次のパルコプロデュース公演にも出るし(笑)。

近藤 面白いなあ。それを思うと、不思議だよね。

長塚 でも、こういう継続してきたものとか、これ続けていきたいなと思うことがあって、ほんとによかったなって思う。今は世の中の変化がすごく早くて、演劇も随分様子が変わってしまった。ダンスの世界もそうだろうけど、それについていかなきゃいけないことを考えると、一方でちゃんと自分の好きなところを持っておかないと、面白くなくなっちゃうんだよね。

近藤 ほんと。俺もすごくそう思う。この間ノーベル賞をもらった大村智さんの話とかニュースで聞くと、すげえ嬉しいもん。継続が実を結んだというか、好きなことを究めた結果の受賞だもんね。

長塚 そうだよね。あと俺にとっては、この間、良平さん達と『かがみのかなた~』をやったことで、随分自分の脳が開いたことも、すごく嬉しかった。そうか、こういうお伽話もできるんだ! これなら現代的なものを工夫して取り込むこともできるし、子どもに向けた作品っていうことで、普遍的な内容にしながらも、そこに自分の趣味嗜好を存分に入れることができるなって。さらに、ダンサーさんと一緒にやることで可能性が広がるんですよ。日本では、俳優の人達よりもダンスの人達のほうが、身体を保つために普段から何かしらやっている。俳優にも自分で勉強している人はもちろんいるけど、何もないと“待っている”状態になってしまいがちだから。

近藤 ああ、そうね。ダンサーはあんまり待たないかもしれない。

長塚 なんかそういうことが、自分のいろんな興味への新たな入口になった。去年から俺、仙台の人達と「蛙昇天」(作:木下順二)っていう舞台に取り組んでいて、今年上演したんですよ。そこでも、1年間いろんなことをやれたっていうのが、すごくよかったなと思っていて。上手いとか下手とかじゃなくて、やっていれば面白くなるし、何か道が見つかる。ずーっとそれを意識しながら、1年間1本の作品を考えるって、すごくいいことだなって思った。

近藤 いい話だね。なんかいい話ばっかりだな、今日は。別にいいよ、そんなにいい話しなくても(笑)。

長塚 そうなの? なんかこの企画、すごくいいね。阿佐ヶ谷スパイダースでもやっていい?

近藤 やったらいいよ。うちは、もう1個大きな企画があって、来年の9月10日にNHKホールで20周年1か月前公演っていうのをやるんだよ。

長塚 すごいな。NHKホールって、何人くらい入るの?

近藤 3500人。

長塚 おおっ、それは結構なキャパだ。

近藤 うん、渋谷公会堂よりもデカい。それをなんとか埋めたいから、元旦からチケット売るぞ! みたいなことになってるよ。だから9月10日は空けといてね。

長塚 もちろん、空いてたら観に行きますよ。というか、今からだと空けられるんじゃないかなあ。

近藤 そんなこと言ったら、出る羽目になるよ(笑)。じゃあ、出るために空けておいてよ。若干“祭り”企画だから、ちょっと出てくれるだけでもいいし。

長塚 マジですか(笑)。それはそうと、俺、コンドルズが若くて踊れる人をたくさん入れたのは、すごくいいことだと思っていて。若いバリバリに踊れる人がいることで、どんどん老いていくコンドルズのメンバーの個性と魅力がきちんと際立つし、同時に、観ている人達の若さっていうものに対する羨望も生まれるから、コンドルズがまた間口を広げていく感じがする。躍動感が戻ってきている感じがして、これについては今年の埼玉公演観てからずっと絶賛してるんですけど。

近藤 そうなんだよね。老いてるメンバーもすごく刺激を受けてるし、逆に「やっぱり、ここは光二郎うめえや」みたいな感じでメンバーのよさを再確認したり。まあ、人数がどんどん増えて、メンバーの名前がわからなくなるのは嫌だから、そんなに入れるわけにはいかないけど、もうちょっと若いのがいても今なら面白いかなって思ったりもしてる。

長塚 今、一番若い人で何歳くらい?

近藤 29歳。で、一番上が52歳かな。

長塚 そうか。確かに、もうちょっと若い人がいてもいいかもしれない。

近藤 でしょ? あと、外国人とかいたら面白いんじゃないかと思って。人懐こい褐色の外国人とか、いいよなあ(笑)。

 

取材・構成・文/岡﨑 香


長塚圭史/Keishi Nagatsuka

1975年5月9日、東京都出身。劇作家、演出家、俳優。1996年に演劇プロデュースユニット「阿佐ヶ谷スパイダース」を旗揚げ。作・演出・出演を務める。2011年にソロプロジェクト「葛河思潮社」を始動。俳優としても映像作品などで活躍。現在、演出を手がける井上ひさし作の舞台『十一ぴきのネコ』が紀伊國屋サザンシアターで上演中(大阪、北九州公演あり)。12月6日より、パルコ・プロデュースによる新作『ツインズ』(作・演出:長塚圭史)がパルコ劇場(東京)、大阪、北九州、長岡、松本で上演される。